The Truman Show

トゥルーマン・ショー
監督 ピーター・ウィアー
出演者 ジム・キャリー
公開 1998年
84338view002.jpg
【あらすじ】
『トゥルーマン・ショー』(The Truman Show)は1998年のアメリカ映画で、監督はピーター・ウィアー、主要な出演者はジム・キャリーとなっている。
物語のあらすじは、ジム・キャリーが演じるトゥルーマン・バーバンクの生活が生まれたときから24時間撮影され、人生がそのままリアリティ番組として世界220ヶ国に放送されていたというものである。トゥルーマンは、巨大セットである離島のシーヘブンの保険会社で働いており、中年になるまでこの事実を全く知らない。しかし、死んだはずの父との再会をきっかけに、トゥルーマンはこのからくりに気付き始め、シーヘブンからの脱出を試みる。
【感想】
この映画の中で、トゥルーマンの生活映像は、テレビ局の商品の一部として、世界中の視聴者に対して放映されている。いわゆる週刊誌的な興味本位の覗き見願望があると思うが、トゥルーマンはまさにそういうマインドを持った一般大衆の見世物となっているわけである。見せものであるからには、だれもが興味を持つ普遍性のある作りが必要になってくる。事実トゥルーマンは、中年の白人男性であり、白人の美人妻と結婚しており、典型的な一軒家を所有し、セールスマンという最もアメリカらしい職業についている。トゥルーマンの役割は、このどこにも存在しない作られた幻想を演じ切ることにある。
映画の中で、マスメディアは商業主義に染まり、利益のみを追い求めるものとして描かれている。この描かれ方はあまりにも極端なので、違和感を覚える方も多いと思う。しかし、実際社会のマスメディアも映画の中で描かれているものと大きな違いはなく、社会にとってネガティブな存在である、というのが脚本家・監督のメッセージであろう。日本のテレビで流れているバラエティ番組や週刊誌を見ても、程度の差はあるにせよ、本質的には映画のマスメディアと違いはない。
資本市場経済を信仰する限り、メディアは公益性と収益性のジレンマを抜け出せないだろう。その一方で、独裁国家においてマスメディアはさらに危険なツールとして利用される可能性がある。オーウェルの「1984」を考えてもらえば分かりやすい。この映画ではかんしが少数で監視対象が全人民という真逆の設定になっているが、監視の手法はそっくりだ。その意味で、『トゥルーマン・ショー』は「1984」のエンタメ版と理解することもできる。
金儲けのためのマスメディアも、独裁維持のためのマスメディアも実際に存在する。どこの国にもパパラッチの大軍がいて、社会的に全く価値のないゴシップ情報を流し続けている。また共産国などでは、いまだにメディアに関して厳しい検閲があり、国民の多くはマインドコントロールされているのが現状だ。われわれも、トゥルーマンに対して素直に同情できない立場にある。
この映画のもう一つの大きな問題定義として、「現実」と「非現実」の関係というものがあげられる。トゥルーマンが、あの世界のからくりに気付くまで、彼にとってあの世界は現実として理解される。しかし、多くの観客にとってそれはリアリティにあふれた番組ではあるが、人工的な非現実であることには変わりない。映画「マトリックス」からわかるように、非現実の世界で生活している人間にとって、メタな視点からその事実に気付くのは至難の業である。
そもそも「現実」と「非現実」は、太古の時代から議論されてきた哲学的な問いでもある。プラトンのイデア論から、デカルトの「われ思う、ゆえにわれ在り」まで、主観と客観と真理についての問題は、哲学界でのもっとも大きなテーマの一つだった。サルトルは、人間は「自由の刑に処せられている」と述べたが、現実の世界でまったく自由意思で行動するのも楽なことではない。度合いの問題だが、そういう観点から見るとトゥルーマンの生活もそこまで苦しいものではない。
映画の内容から離れて、映画自体に目を向けてみよう。実はこの映画、1998年度興行収入第3位であり、製作費に6000万ドルもかかっている。マスメディア批判の映画自体がマス向けの商品であることは、現在のコンテンツ産業の限界を示している。またこの映画は、当初脚本を書いたアンドリュー・ニコルが監督する予定であった。しかし、1200万ドルという巨額のギャラのジム・キャリーが主演することになったため、まだ1度しか監督経験のないアンドリュー・ニコルははずされてしまい、ピーター・ウィアーが監督として雇われたという、エピソードも皮肉的だ。
所々、ロジックが飛躍するシーンもあったが、全体的に示唆に富んだ映画であった。

Fight Club

ファイト・クラブ
# 出演: ブラッド・ピット, エドワード・ノートン
# 監督: デビッド・フィンチャー
製作年 : 1999年
fc02.jpg
【あらすじ】
不眠症に悩む若きエリートのジャック。彼の空虚な生活は謎の男、タイラーと出会ってから一変する。自宅が火事になり、焼け出されたジャックはタイラーの家へ居候することに。「お互いに殴り合う」というファイトにはまっていく二人のもとに、ファイト目当ての男たちが集いあうようになる。そして秘密組織”ファイト・クラブ”がつくられた!
【感想】
後輩に勧められて見た映画。現代社会における問題を提示している。
僕が思うに、どんなに立派そうな人間でも、心の底には暗黒な一面が潜んでいる。それはむしろ人間の不可欠な一面であり、それとどう向き合っていくかが問題である。そういう意味で映画中のジャックの解決法は、費用対効果が些か高すぎる。
クリスマスのミサに行く前に見る映画ではなかった気がする。

The Shawshank Redemption

ショーシャンクの空に
公開 1994年9月10日
製作国 アメリカ合衆国
# 出演: ティム・ロビンス, モーガン・フリーマン
# 監督: フランク・ダラボン
morgan_freeman2.jpg
【あらすじ】
妻とその愛人殺しの容疑で終身刑の判決を受ける、銀行マンのアンディ。無実の罪ながら投獄されるが、決して希望を捨てず、自由を得られる明日を信じ続ける。一方、古株の囚人レッドはそんなアンディに、「刑務所で希望をもつのは禁物」だと忠告する。アンディとレッドの友情を中心に、ショーシャンク刑務所で生きる男たちのさまざまな人間模様を描いていく。
【感想】
もし自分がアンディだったらどうしようかとずっと考えていた。
明日ムショにぶち込まれて、そして終わりなき生活を続ける。
正直なところ、それに耐えられる自信はない。
19年間脱獄用のトンネルを掘り続けるのは、本当に大したものだと思う。
今日という一日を締めくくる、いい映画だった。

Ten-ten

転々
# 製作年 : 2007年
# 製作国 : 日本
# 監督・脚本 : 三木聡
# 出演 : オダギリジョー 、 三浦友和
007.jpg
【あらすじ】
大学8年生の文哉は、家族もなく、孤独で自堕落な生活を送っていた。いつの間にか作った借金は84万円。返済期限まで残すところ3日という時に、借金取りの男、福原がやってきて、吉祥寺から霞ヶ関まで歩くのに付き合ったら、借金をチャラにすると提案される。返すあてのない文哉は福原の条件を呑むしかなかった。井の頭公園の橋から、男二人の奇妙な旅が始まった。調布の飛行場に着いた時、福原は妻を殺したことを告白する…。
【感想】
無毒・無害で笑える映画だった。
映画の中で、東京でおなじみの町がいろいろと流れる。
東京での生活も、もうすぐ3年になるのかとしみじみと感じた。
いままでで、もっともプロアクティブな3年間だったと思う。
あと何年東京にいるか分からないが、この街の魅力をさらに発掘していきたいと思う。

Lady Chatterley

レディ・チャタレー
# ジャンル : 恋愛
# 製作年 : 2006年
# 製作国 : フランス
146997.jpg
【あらすじ】
英国中部の炭坑の村、ラグビー邸の主であるクリフォード・チャタレー卿は第1次世界大戦に出征し下半身不随となって帰還する。妻のコンスタンスは夫の世話とわずかな家事をこなすだけの生気のない日々を送っていたが、看護人のボルトン夫人を雇ったことで陰鬱な屋敷から少しばかり解放される。ある日、散歩に出た森の中で猟番のパーキンと出会い、その肉体的な存在感に心惹かれ、彼の小屋に足繁く通うようになる。
【感想】
RG-18の映画だったが、実際の客層はRG-50ぐらいの感じだった。
しかもそのほとんど夫婦での参加で、その世代がこの映画に対する注目度に驚いた。
「レディ・チャタレー」は20世紀最高の性愛文学と言われているが、その良さが僕にはいまいちわからなかった。そこらへんで売られている、その類の本と大きな違いはない気がする。映画として、カメラワークやワンシーンの時間などに独自性を感じたが、それが良いかどうかもよくわからない。

ONCE

ONCE ダブリンの街角で
# 製作年 : 2006年
# 製作国 : アイルランド
# 監督・脚本 : ジョン・カーニー
# 出演 : グレン・ハンサード 、 マルケタ・イルグロヴァ
main.jpg
【あらすじ】
アイルランド、ダブリン。多くの人が行き交うグラフトン・ストリートでオンボロのギターをかき鳴らし自作の歌を唄う男がいる。そこに一人の女がやってきた。10セントのチップを出し、あれやこれやと男に質問する。挙句、掃除機の修理の約束をさせられてしまう。翌日、壊れた掃除機を持って女が現れた。途中、ピアノを弾かせてもらえるという楽器店に立ち寄った。彼女の腕前に感心した彼は、一緒に演奏することを提案するのだった。
【感想】
映画の質は、その予算と比例しないことを証明してくれた作品だ。
Budget $160,000
Gross revenue $9.8 million as of September 24, 2007
心に響く音楽とともに、飾り気のないストーリーが展開して行く。彼が彼女に見せる精いっぱいの、しかし不器用で控えめな男らしさが心に染みる。まるで自分が銀幕の中にいるような錯覚を起こす。
久し振りにダブリンの映像を見れたのもよかった。

TSOTSI

■監督・脚本 ギャヴィン・フッド
■原作 アソル・フガード
■出演 プレスリー・チュエニヤハエ
tsotsi3.jpg
【あらすじ】
南アフリカ、ヨハネスブルグ。世界で一番危険なスラム。ツォツィ=不良(ギャング・犯罪者を表すスラング)と呼ばれるその少年は仲間とつるんで窃盗やカージャックを繰り返し、怒りと憎しみだけを胸に日々を生き延びていた。しかし、ある出逢いによって、ツォツィの人生は大きく変わり始める。奪った車の中にいた生後数ヶ月の赤ん坊。生まれたばかりの小さな命に、ツォツィの封印していた様々な記憶を呼び覚まされていく。
【感想】
この作品がもつ重みとは別に、ひとつ映画としてもよかったと思う。
ノリノリの音楽と際立つカメラワーク。
そして、ツォツィの迫真なる演技。
誰もが少年の時、自分を過大評価し、世界のすべてを知った気分になるのではないだろうか。少なくとも僕はそうだった。
しかしその世界はあくまでその少年の世界で、扉をくぐれば光速で拡張し続ける、よりリアルな世界を目にする。ナルシシズムは驚きへと変わり、やがて少年はいかに自分が取るに足らない存在だったかを思い知らされる。
その少年の世界とその世界から踏み出すタイミングを決めるのは、周囲の環境だと思う。
ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領は言った。
「自分もかつてはツォツィだった。」
ツォツィに希望と再生を与えるために、きっと何かできるはずだ。

THE KILLING FIELDS

キリング・フィールド
洋画ドラマ -シリアス
1984年アメリカ/イギリス
監督:ローランド・ジョフィ
出演者:サム・ウォーターストン 、ハイン・S.ニョール
EE-01KILLING FIELD.JPG
【あらすじ】
70年代のカンボジアでは内戦が続いていた。ニューヨークタイムズの記者シャンバーグは、現地で取材助手のプランと知りあう。だが共産勢力「赤いクメール」が攻勢をかけ、シャンバーグは帰国、プランは捕らえられてしまった。
【感想】
実にいい映画だった。
今日は台風のおかげで、スーツごとびしょ濡れになってしまったが、そんな事を吹っ飛ばしてくれる名作だ。
最後にレノンの「イマジン」が流れてくるが、「シンドラーのリスト」のような感動を味わった。
確か田原総一郎は「グーグルで検索できないと、情報ではない」と言っていたが、それ以前にジャーナリストに報道されないとグーグルでも検索されない。自らの命をかけてまで、巨大な力に対抗し、真実を追い求めるのは並大抵のことではない。
『1984年』の「ビッグ・ブラザー」に世界が統治されていない事実に対し、僕たちは勇気あるジャーナリストに感謝しなければならないだろう。

Tokyo Tower: Mom and I and sometimes Dad

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
# 製作年 : 2007年
# 製作国 : 日本
# 原作 : リリー・フランキー
# 出演 : オダギリジョー 、 樹木希林 、 内田也哉子 、 松たか子 、 小林薫
070302_tokyotawa_main.jpg
【あらすじ】
1960年代。3歳のボクは、遊び人のオトンを捨てたオカンに連れられ、小倉から筑豊のオカンの実家に戻ってきた。オカンは女手ひとつでボクを育てた。オカンの作る美味しいご飯を食べて、ボクは成長した。15歳になって、ボクはこの町を出て行きたくなった。大分の美術高校に入学し、東京の美大をなんとか卒業するが、仕事もせずに、仕送りしてもらい、更に借金を重ねていた。そんな中、オカンが癌に侵されていることが分かった。
【感想】
映画館で一人になってこの映画を見た。
そして、映画の中盤あたりから涙が止まらなくなった。
こんなに泣いたのは何年振りだろう。
いままで映画でなくことなどなかったのに。
リリー・フランキーが良かったのか。
それとも映画の内容が良かったのか。
いずれにせよ、人間味のある人間であり続けようと思った。

BABEL

製作年度 2006年
製作国・地域 アメリカ
出演 ブラッド・ピット 、ケイト・ブランシェット 、ガエル・ガルシア・ベルナル 、役所広司 、菊地凛子
Babel_jojo070208_01.jpg
【あらすじ】
モロッコを旅行中のアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)が、突然何者かによって銃撃を受け、妻が負傷するという事件が起こる。同じころ、東京に住む聴覚に障害を持った女子高生のチエコ(菊地凛子)は、満たされない日々にいら立ちを感じながら、孤独な日々を過ごしていた……。
【感想】
インパクトの強い、緻密に考えられた映画だった。
映画の構造は村上春樹的で、3つの物語を並行して進行するというものだ。発想自体は悪くないと思うが、それぞれの物語に僕を引き付ける内容がなかった。アレハンドロはそこを映像のインパクト(エロス!?)でカバーしようとしたのかもしれないが、僕には響かなかった。
あと、さまざまな社会問題をむりやり盛り込むのも気になる。その目的がよくわからない。
僕の記憶が正しければ、この映画はマス向きに派手に宣伝されていた。しかし映画自体はどう考えても、八方美人になれないと思う。ブラッド・ピットだけで客を集めようとしたのだろうか。