Super power

飛行機が3時間遅れたおかげで、佐藤優の「国家の罠」を読みきった。いくつか思ったことがあるので、忘れないうちに書き留めたい
-どのような組織においても規則がその目的を達成できない、少なくとも局部的に最適化されていない現象が起きる。その際に規則を超越したスーパーパワーの介入が必要。これはどんなに民主化が進んでも変わらない
-スーパーパワーが介入する際に、個人に与える影響は絶大であり、無駄な抵抗はあまり意味が無い。抑止力としての効力は弱まっているかもしれないが、実施的に味わう苦痛は、民主国家での拘置でもオーウェルの1984の中で描かれている世界でもそれほど変わらないのではないか。中国ではいま政府がすぐに政治犯を殺せなくなったと書いているジャーナリストがいるが、それは本質的な議論ではない
-著者を含め国益を唱えていながら、結局はほとんどのパワーを内部の調整に費やしてしまい、国にとってのバリューが非常に薄い。ビジネスの世界でもあるが、浪費度合いの桁が違う気がする。必要悪と言われればそれまでだが、根本的には競争原理の欠如が問題か
-情報屋というのは、007みたいに現地に潜入して情報をとってきているわけではない。ありふれた情報を、圧倒的な細部まで記憶し、それをリンクさせて仮説思考を徹底させているのだ。コンサルにも似た世界があるが、厳しさの次元が違う

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