An article about fishing boat arrest (Sorry only for Japanese)

Forwarded from MM [Japan Mail Media] No.602 Thursday Edition
■ 『大陸の風ー現地メディアに見る中国社会』 第185回
「波間のパワーゲーム」
□ ふるまいよしこ :北京在住・フリーランスライター
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■ 『大陸の風ー現地メディアに見る中国社会』          第185回
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「波間のパワーゲーム」
9月22日水曜日は旧暦の8月15日、つまり日本でも「仲秋の名月」と呼ばれる
十五夜だった。「中秋節」と呼ばれるこの日は、わたしにとってもとても思い出深い
祭日である。初めて中華圏である香港に暮らすようになったとき、最初に体験したの
がこの中秋節だったからだ。


香港の中秋節は多くの会社でその日は半ドンになり、午後過ぎから家路を急ぐ人が
どっと増え、街を流すタクシーが減る。そうして家族で夕食を食べてから総出で街へ
出る。広場や公園や、あるいは波止場の脇などにビニールシートを引いて、その上に
座って家族や友人とおしゃべりしながらお月見をして、月見団子ならぬ月餅を食べ、
果物を分け合う。子供たちは小さなぼんぼりのようなカラフルな提灯を手に、大人た
ちのそばを走り回って遊ぶ。日頃はネオンライトがまぶしい香港が、この日は夜遅く
まで子供のはしゃぎ声とろうそくの柔らかい光に包まれる。
これがわたしと同年代の香港人たちの中秋節の記憶だ。今は親になった友人たちも
子供たちのために、商店の店先に並ぶ小さな提灯を物色する。日頃は休暇となるとす
ぐに海外旅行に出かける香港人でも、中秋節は一族郎党皆一緒に香港で迎えることに
している人も多い。そればかりではない、この日のために親戚に会いに海外からわざ
わざ帰ってくる人たちすらいる。
一緒にそんな中秋節を過ごしたことがある、北京出身の友人が言っていた、「香港
は西洋化されてなんでも合理的だけれど、時としてぼくたちのような中国で生まれ育
った人間ですら忘れてしまった伝統的なところがあってびっくりしてしまう。中秋節
は中国では言葉で語られるけど、家族でご飯を食べてそれだけ。香港のように町中が
お祭りムードに包まれることもない」と。
その中国でも中秋節が2年前からやっと祭日に認められ、休みになった。香港は相
変わらず、中秋節当日は半ドンで翌日が休日(当日に夜遅くまで月を眺めて朝寝坊す
るからだ、と香港人は言う)になる。しかし、中国大陸では中秋節の当日から3連休
となった。
それまで中国には伝統的な正月である旧正月(春節)以外は、メーデーおよび10
月1日の国慶節(建国記念日)しかなかった。旧正月に文字通り田舎に帰って家族親
戚と一族で祝うほかは、社会主義的な祭日しか知らなかった中国の人たちは、突然増
えた伝統的祭日に最初の頃どう過ごせばいいのか戸惑った様子だった。
それが2年の間に中秋節と同時に祭日になった清明節、端午節(端午の節句)を繰
り返すうちに、伝統の「血」が騒ぎ出したらしく、昨年あたりから中秋節直前は得意
先や親戚宅に月餅を届けるために車という車が総出動、市内の道路が渋滞を起こし始
めた。今年はさらにエスカレートして、北京の中心地ですらなんと3時間も身動き取
れないくらい大渋滞になったところもあったという。北京の道路事情はここ2、3か
月ほど、以前にもましてたびたび人々の不満の声を耳にするようになり、そろそろ自
動車も飽和状態に達しつつあるような気がする。
わたしが住むアパートのすぐ隣はある政府機関で、日頃は週末であっても常に人が
出たり入ったり、あるいは朝も早くから職員たちが声をかけながらジョギングしたり
しているが、今年の中秋節は人影もなく、ビルの入口もしっかり閉じられ、その機関
の名称が書かれた公用車両がびっしりと駐車場に泊められ(車両がこんなにあったの
かとその数にも驚いた)、旧正月並みの休日風景だった。社会主義時代に忘れ去られ
かけていた伝統は、あっという間に中国人の心をつかんでしまったようだ。
中国人の生活、そしてそれにまつわるムードは急速に変化しているのがよく分かる。
なのに、尖閣諸島海域での漁船衝突で「すわ反日デモ」というニュースが流れたとた
ん、日本からわたしに返ってきた反応はほぼ「2005年の再来」だった。前回のデ
モ後、メディアの過剰な報道の影響をわたしもJMMで指摘した。その末尾には、
「破壊活動を繰り返し報道したマスコミには、次に『なぜデモに参加しなかったか』
をきちんと取材していただきたい」と書いたが、今回の日本側の騒ぎっぷりからして、
この数年間にその務めを果たしたメディアはほとんどいなかったらしい。(「見知ら
ぬ隣人」:http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_740.html)
わたしは前回のデモを「新しい風、新しい習慣を植え付けられ、日本車や日本製品
の消費者層である『持てる世代』のヤングエグゼクティブたちが、旧態依然とした体
制への不満の標的を安易に日本に向けたもの」と書いた。今回、再びそんな世代に属
する人たちの反応をツイッターで眺めていたわたしは面白い現象を目にした。ツイッ
ターではわたしは中国語用と日本語用にアカウントを分けているのだが、日本語のア
カウントで「すわ、中国でまた反日騒ぎだ」という声が目立つようになったとき、中
国語のアカウントではまだまださまざまな話題が乱立しており、ぽつりぽつり、とこ
れについてニュースサイトのリンクを流す人がいただけだった。
そこでは明らかに、「釣魚島(尖閣諸島の中国名称)でまた日本と中国が衝突」と
いうニュースを用心深く、興奮を掻き立てないように広めていこうとする中国人ツイ
ーター(ツイッター利用者)たちの用意が見て取れた。
念のため、ここでもう一度書いておくが、中国では中国政府によってつぶやきマイ
クロブログ「ツイッター」へのアクセスがブロックされている。ウェブサイトがブロ
ックされると、そのアドレスを打ち込んでもいつまでたってもページが開かない。た
だ、世界的に人気のウェブサービスや情報にはとても敏感な人たちは少なくなく(そ
の結果簡単に手に入らないものは見よう見まねでコピー製品を作り、出回ったりする
が)、知恵を凝らしてツイッターにアクセスしているのが、そんな中国人ツイーター
たちだ。
彼らはアクセスブロックを乗り越える努力をして初めてツイッターを利用できてい
るわけから、基本的に政府に批判的である。つまりツイッターはもともと多少なりと
も政府に対して反感を持っている中国人たちが集まりやすい場とも言うことができる。
さらにツイッター自体がすでにアクセス範囲(つまり政府の管轄)外に追いやられて
いるので、中国国内でツイッターのサービスをまねて作られ、政府の規定に反した書
き込みは即刻削除される国産マイクロブログ(ミニブログ)に比べて、そこではかな
り自由な発言ができるのである。
そのツイッターの中である人物が突然、「釣魚島は中国の領土だ!」と叫んだ。す
ると、その人物にあててどっと返ってきたのがこんなメッセージだった。
「釣魚島が中国のものかどうかと宣言する前に、お前の家が建ってる土地が自分のも
のだと宣言してみろよ!」
「国内が矛盾だらけなのに、国外の矛盾を膨らまして大騒ぎしてごまかそうとするん
じゃない」
「中国人の自由と人権さえ守ってくれるんであれば、オレはそれがどこの帝国主義に
属する土地だろうがかまわねぇよ」
「安全で、子供が健康に成長できる食べ物が安心して手に入るんだったら、日本領に
なった釣魚島に引っ越したいくらいだ」

前述したような背景から、わたしもツイッター上の中国人たちが一挙に「反日」に
なだれ込むとは思っていなかったが、それにしてもこれらの反撃にはちょっと驚いた。
「中国領だ」と叫んだ当人も、日頃から反日を叫び続けているような人では決してな
い。その意見や情報を参考にさせてもらっている人なのでよくわかるし、一度彼のつ
ぶやきを日本語に翻訳して日本語のアカウントで流したら、わざわざ御礼まで来た。
しかし、彼のつぶやきをきっかけにツイッター上で起こったさざ波が、当今の中国人
たち、それも日頃から政府の動きに厳しい目を向けている人たちの複雑な心情を知る
のに非常に役に立った。
「愛国であっても、執政党を愛しているわけではない」というのは、我々日本人の習
慣からすれば至極普通のロジックだが、日本人はこと中国のような社会主義国を眺め
るとき、そういう普通のことを忘れがちになる。簡単に彼らを「体制(執政党支持)
派」か「反体制派」で分類し、まるで「中国を愛する」と叫ぶ人はすなわち「中国の
政権党を愛している人」だとレッテルを張りやすい。
残念ながら、05年のデモの後にこういった中国人の気持ちを拾ってくることを日
本のメディアはやってこなかった。そして、「反日デモ」という情報に、再び9月1
8日に日本大使館前のデモに集まった100人余りの人をカメラに収めることに腐心
した。だいたい、この日はもともと満州事変のきっかけとなった柳条湖事件が起こっ
た日である。中国では毎年「918」には日本大使館に向けてデモが起こる。その日
にひっかけた釣魚島デモですらわずか100人しか集まらないという現状を、きちん
と伝えた日本のメディアはあったのだろうか?
実際には外電も伝えているように、そこに集まった内外ジャーナリストの数の方が
多く、市民のほとんどはデモになんの関心も向けず、普通の週末を過ごしていたとい
うのに、「デモが行われた」ということだけが大きくクローズアップされ、画面外の
様子はすべて消し去られて日本の読者や視聴者に伝わったのは、2005年の再来ど
ころか、もっとひどいと言わざるを得ないかもしれない。
その間、ツイッター上には「5年前の反日デモの思い出」を語る人、あるいはかつ
てそのデモに参加したことがあると言った人、さらには「ぼくは釣魚島が中国領だと
思っている」と語った人もいたが、彼らはだれもそのデモに参加しておらず、逆にそ
れを冷ややかに見ていた。
デモの瞬間に中国人ツイーターたちの注目を集めていたのは、地方都市で再開発の
名の下に自宅を強制徴用され、抗議の焼身自殺者まで出した家族が、当局と衝突した
話題、そしてそれを飲んだ女児の胸が膨らむなど早熟を促すと疑わしき成分が入った
乳児用ミルクの話題だった。このところほとんど毎月のように家や農地の強制取り壊
しとそれに連なる抗議者の焼身自殺、そしてあちこちから漏れ伝わってくる疑問食品
などが、メディアでも次々と報道されている。先のツイーターに集まった反論はただ
の風刺ではなく、いつ自分の身に降りかかってくるかわからない、そんな不安たっぷ
りの現実の前には「釣魚島」などあまりにも遠いという気持ちを表していた。
だからこそ、中国政府は「釣魚島」の領海問題で腰が引けたところを見せるわけに
いかなかった。逮捕された船長を「人質」と呼び、その逮捕自体を「日本の違法行
為」と明言し、徹底的に日本の非難を続け、厳しい言葉で一歩も譲らない態度をとら
なければ、渦巻く国内の不満を前に政府の威信を保つことができないからである。そ
れらの国内問題は直接中央政府がかかわった問題ではない。しかし、身の危険を感じ、
安住を脅かされるような事件の続発に、人々の間で中央政府の管理不行き届きを責め
る声が高まっている。だからこそ、中央政府はここで強い政府であることを主張する
必要があった。
中国政府が強く出なければならない事情はもう一つあった。それは台湾との関係で
ある。尖閣諸島はその位置からして、実際には沖縄に属するのか、それとも台湾に属
するか、という問題だ。もちろん、沖縄に属せば当然日本領であるが、台湾に属する
となると台湾の主権を主張する中国にとっても中国領となる。
ただ、周知のとおり、台湾は長い間中国共産党ではなく、共産党と政権争いをして
敗走した中国国民党が長年実効支配(2000年から08年まではその政権は台湾民
進党が握った)し、「中華民国」を名乗ってきた。その台湾との距離がここ2年ほど、
経済と技術協力をテコに急速に縮まった。今年6月には、「海峡両岸経済協力枠組協
議」(ECFA)と呼ばれる協定がやっと結ばれ、中台の歴史上もっとも親密な関係にな
ったばかりなのだ。台湾の実質的な主権奪回を目指す中国としては、これほど戦略的
にも喜ばしいことはない。
中国はこのために、昨年からほぼ毎月のように中国の地方政府による台湾訪問団を
送り込んで大量の買い付けをしたり、万単位の民間観光ツアーを組織して中国側の親
近感アピールに努めてきた。だから中国は引き続き、台湾も所有権を主張する釣魚島
の所有権を高らかに主張して台湾の人たちに「守ってあげる」政府を演じないわけに
はいかなかったのである。
しかし、中国政府にとって「不幸」だったのは、今回の事件が民間の漁船によって
予定外に引き起こされてしまったことだった。戦略的に準備されたものではなく、緊
急に起こった事態を前にまずはいつもの防御本能が働き、「厳しい態度」をとった。
さらには国内外で抱えている問題から、柔軟になろうにもなれなかった。毎日毎日、
情報を求められては古臭い、「中国の領土だ」「日本が違法に拘束した」「人質を返
せ」「非はすべて日本にある」「日本が責任をとるべき」という言葉を繰り返すしか
選択がなかったのだ。
一方で「漁船が余計なことをしてくれた」という思いも強くある。本当にこれを領
土問題ととらえ、国内の士気を上げたければ、残された船長の家族を「利用する」こ
とができたはずだ。過去海外で誘拐された中国人労働者の救出作戦の成功を持ち上げ、
政府のイメージアップに使ってきた方法である。悲嘆にくれる家族をメディアに流し、
帰ってきた労働者の顔と家族の笑顔を並べ、「国が助けてやった」と点数を稼ぐので
ある。
特に今回は今月初めからけがで寝込んでいたという高齢の、船長の祖母が、逮捕の
ニュースにショックを受け、数日後に亡くなった。もし、本当に船長を「人質に取ら
れた」と思い、その奪還に努力しているのであれば、二重の不幸に見舞われたその家
族への慰問は当然だった。しかし、それをしなかったばかりか、国民感情に火を付け
やすいであろうはずのこの「お涙ちょうだい」ニュースの報道が、確実にかなり抑え
られていた。
つまり、中国政府は今、今回の事件で完全にかじ取りのチャンスと方法を持てずに
いる。大使を召還して訓戒したり、記者会見で厳しい言葉を繰り返したり、はたまた
国連会議に訪れたニューヨークで温家宝首相が在米華人を前にまた日本を非難する声
を上げたりしながらも、日本のトップと座って話そうとしないのは、今回の事件に切
り出す駒がないからだ。民間デモというカードが使えず、はたまた政府内の理論的な
武装も十分でできておらず、さらには国民から吹き出す不満を受けて構造改革を目指
しているといわれるものの、政府内に残る旧勢力の横やりも無視できない状態で、ま
たぶり返された釣魚島事件に「斬新な切り口」を持ち込む余裕がない。
たぶん、中国政府はこのままどこかでけりをつける方法を見つけようとするだろう。
まずは船長を釈放してもらうことで事無しにするだろう。その時に、日本政府がどれ
だけ中国政府に「花をもたせて」やれるかが見どころだ。もし、それをやらなければ
この問題はしこりを残し続ける。そのしこりがどんな形で爆発するのか、それを予想
するくらいならお互いの「着地点」を見つけるしかない。海上には線引きはできない。
だからこそ、お互いの納得する線を見つけなければならないはずだ。
付け加えておくが、尖閣諸島の領有権を主張する日本人がよく使う「実効支配」と
いう言葉、これは「勢力下にあるかないか」という意味になる。これを相手にちらつ
かせるのは「とれるもんならとってみろ」という威嚇にもなり得ることを知っておく
べきだ。また、持ち出す史料にしても、お互いの基準がばらばらで、中国は明朝の属
国支配、日本は沖縄返還後の「実効支配」を口にする。
さらには、日本には嫌中気分の延長から「強いていうなら、中国ではなく台湾領と
いうべきだ。その台湾ですら実効支配もできないくせに」とおっしゃる向きもおられ
るが、忘れないでほしい。日本政府はその台湾を実効支配している「中華民国」を承
認していない、ということを。実効支配を強調しながら、一方で実効支配を認めてい
ないという弱点が日本にもある。
つまり、ドンパチやるのなら別だが(そしてそれを本気か冗談か望む人たちがいる
のも知っているが)、領有権を主張する日本側の論理も、いろいろ元をたどればぼろ
が出てくる。前述したとおり、海上には線が引けない分、我々はうまく中国と折り合
いをつけるしかないという点を、もっと日本人が自覚すべきだ。政府に求められる確
固たる態度とは、力でぶつかることではなく、「共存」の理念をどこまで示すことが
できるかだろう。

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