Trip to Tibet and North Korea Vol.1

チベットへの旅を始める前に、フライトの関係で、上海で一泊した。前回上海に来たのは、10年前。その時の記憶はもはや断片的なイメージでしかないが、それでも上海の成長を感じるのは難しくない。ハードウェアの発展はもちろん、ソフト面、特に人々の自信に満ちた表情は、僕に強いインパクトを与えた。彼らの顔から、中国でもっとも発達している都市としてのプライドを感じることができる。中国の都市と農村間の格差は無視できないが、発展地域の中流階級は確実に育ってきているし、これはインドにないマーケットとしての魅力だ。
それと同時に中国は大きな変換点に直面している。順調に国内経済の成長を支えてきたのは、単純に部品を組み立てる加工産業の成功である。これは日本の高度成長を支えた輸出産業と違い、付加価値が著しく低い。中国が加工産業で成功できたのは、国内の廉価な労働力と社会主義ならではの外資優遇の政策だと思う。しかし、沿海地区のブルーカラーの給料はこの数年で3から4倍に膨れ上がり、外資はさらに安い労働力を求めてベトナムなどの東南アジアへの移転を始めている。中国は自身独自の技術発展を激励しているが、今のところ成果は乏しく、外資の更なる移転を促進しているに過ぎない。世界経済の停滞の中で、中国のこの変換点は予定よりも早く現れた形となった。
また長年言われてきた、政治と経済のギャップも社会の安定を脅かすほど大きくなっている。現行の政治体制は、オリンピックの開催には非常に適している。オリンピック期間北京の空気汚染は、10数年以来もっともよい水準に回復した。その対価として、北京市はもちろん、近隣地域のほとんどの工場が停止した。しかし共産党の一党独裁は、フレキシブルで、計画経済の正反対である、グローバル経済には対応しにくい。もちろん彼らも必死に改革を進めているが、共産党の自浄能力には限界があるのは明らかである。2015年前後に中国は大きな変革を経験することになるだろう。その成功否かは、中国の13億の人民に係っている。今回僕が中国の中流階級に対する観察の結論として、彼らは中国がおかれている状況を明確に把握しているし、政治体制の変革について楽観的な見通しを持っている。この中流階級が中国の政治面でも、経済面でも主流となれば、未来の中国は明るいと思う。

Questionnaire for contact lens

お願いします!アンケートにご協力頂けますでしょうか。
実はいま某外資系メーカーのコンタクトレンズマーケティングプロジェクトにコミットしておりまして、具体的にはターゲットカスタマーの絞り込みを行っている段階です。その関係で、アンケートを実施しておりますが、情報をシェアして頂けますか?
下記のURLから、回答できます。
http://www.smaster.jp/Sheet.aspx?SheetID=8595
3分もかからないと思うので、ぜひともよろしくお願いします。
9月末にプレゼンを予定していますが、プレゼン内容については、また後日ご報告差し上げます。

Trip to Tibet, North Korea

社会人になる前の最後の夏休み。コンサルタントとしては、絶対行く機会がないチベット、そして北朝鮮を目的地とした。
僕と連絡をとりたい方は、パソコンにメールをください。
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Aug 15-16 Shanghai
Aug 17-23 Lasa
Aug 24 Beijing, Dandong
Aug 25-28 North Korea
Aug 29 Shanghai

U2 and US

U2(ユーツー)はアイルランド出身のロックバンドである。メンバーはボノ(ボーカル・ギター)、ジ・エッジ(ギター・キーボード・ボーカル)、アダム・クレイトン(ベース)、ラリー・マレン・ジュニア(ドラムス)からなる。1980年のデビュー以降、政治的な信条と渇愛を力強く歌い上げる作風で世界的に数多くのファンを持つグループである。アルバムの総売り上げは1億7千万枚を超える。グラミー賞獲得数22はロックバンドとしては最多である。―Wikipedia
日本福音同盟初代理事長の泉田昭は、「福音主義とか福音派というとき、信仰的自由主義に対して福音主義、エキュメニカルなグループに対して福音派という意味で使っている。つまり、聖書は誤りない神のことばであると信じ、基本的教理を保持し、伝道と教会形成に励んでいる者たちのことである」としている―Wikipedia
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U2は僕が最も好きなバンドである。彼らは、スピリチュアルなものと物質的なもの、死すべき存在と神的なものとをつなぐ、危険だけれど心躍る領域に身を置いている。社会の断層を一つ一つ埋め、現代社会の矛盾を暴きだす。それは確実に彼らの仕事の一部となっている。
そんな彼らを理解するためには、U2を生み出した70年代から80年代の北アイルランドという独特な政治的・宗教的雰囲気を持った土地について知る必要がある。アイルランドは、神と国家の名で分断された国であり、そこで育ったU2のメンバーは彼らの宗教観、世界観を育んだ。
イエスの時代、パリサイ派は、聖なる行いとそれを穢す行いとを厳密に区別していた。北アイルランドにも「白か黒」かの二元論が蔓延っており、U2に対し、立場を明確にするように求めた。しかしながら、その中で、U2は聖なるものと俗なるものとを分ける峰の淵を歩いてきた。それは、彼らのうち3人がアイルランドでは珍しいプロテスタント出身で、もう一人は無神論者だったからであろう。結果的には、彼らは宗教的なアルバムでロック界に殴りこむという、普通では想定できないデビューを飾ることになった。
またU2は、イギリスブレイク前にアメリカ進出を果たしたバンドだ。もちろんロックンローラーにとって、アメリカは興味をかきたてられる伝説の土地であることは間違いない。だが、それ以外に、アメリカにはアイルランド以上に多くのアイルランド人が住んでいる。ボノが「ニューヨーク」の中で歌っているように、「The Irish have been coming here for years/ Think they own the place」。
アメリカで、U2は自分たちの考えを深めていくことになる。シカゴ平和博物館で、彼らはキング牧師に共感を覚えた。歌の中でずっと平和主義を主張してきた彼らにとって、キング牧師の非暴力主義は彼らのメッセージと重なっていた。世間や見せかけだけの「クリスチャン」たちに触れるほど、U2のメンバーはますます精神的な物を求めるようなり、そのたびに価値観が揺らいだ。その中で、キング牧師が彼らのロールモデルとなり、リスペクトできる存在であった。
U2が感じていたこの戸惑いは、当時のアメリカでは特別なものではないだろう。アメリカは世界の覇権国としてベトナム戦争やグレナダ侵攻など世界各地の紛争に積極的に介入するが、泥沼に足を突っ込むことになる。貿易赤字は増え続け、経済もいまいちふるわない。精神的に未熟な若者にとって、戸惑うのも理解できる。ここで、多くの若者がしがみついたのが、キリスト福音派である。
福音派の特徴として、テレビや大型集会を用いた、マス宣教があげられる。そしてキリストを信じ続ければ、すべての問題は解決されると教えられる。より多くの人々は、キリスト教に導かれるが、深い信仰とはならないケースが多い。「イエスと共にある」ということはゴールではなく、共に生き続けていくことなのだ、とU2は言う。これはそれ以来、U2の大きなテーマとなる。「ホークムーン269」の「Like faith needs a doubt」「ザ・プレイボーイ・マンション」の「And though I can’t say why, I know I’ve got to believe」などで歌われているように。そしてU2は、福音派とは対照的に行動(Live Aid, 反アパルトヘイト運動)の中でキリスト精神を表わそうと努力した。
福音派は、ポストモダニズムの到来を嫌がり、大衆に対して統一したメッセージを送っていた。しかし、U2は真の問いを抱えながら生きる強さを強調する。政治も宗教もニュースも運動も教育も商取引も、マス向けのショービジネスとなってしまったアメリカで、U2は「Zoo TV」とうツアーで「テレビ社会の非現実」という現実を暴露した。ボノ自身は3つのペルソナを使い、テレビの真実がいかに脆いものなのかを示して見せた。そして「mofo」のなかで、「クズに埋もれている赤ん坊のイエスを探して」という歌詞で、テレビ社会では、本当に大切なものは埋まっていることをアピールした。「I shop, therefore I am」的な消費社会ももちろん彼らの注目の対象である。ポップマートツアーは実際、Kマートからはじめられた。現代社会の病巣を明らかにするために、公演の場所を都会のショッピングモールにしたのだ。
福音派伝道師について最も鋭く描いた映画はシンクレア・ルイス原作の「エルマー・ガントリー」だが、予告編はこんなコメントから始まる
「私、エルマー・ガントリーは典型的なアメリカ人です。
 興味があることは、金、セックス、そして宗教です」
これに対し、ボノは何と答えるだろうか。ハーバード大学の卒業式スピーチでこう言っている、「俺たちは理想を追わなくてはならない。
そうでなければ、そもそも自分とは誰なのかという、
心の奥底にある何かを裏切ることになる。」
ダブリンから世界へ、過去から未来へ。U2は理想を追い、世界を動かし続ける。

Academic-industrial alliance

産学連携と題されたゼミ合宿に行ってきた。産業側は、山口防府のアミノ酸工場、大学は一橋の管理会計ゼミだ。産学連携と書くとすごそうに見えるがそんなことはない、至って普通の工場見学だ。
まずびっくりしたのが、田舎の夜の早さ。10時はほとんど店は閉まっており、11時もなると営業しているのはファミレスぐらいだ。東京に比べて、3時間ぐらいは早いと思う。これが経済に対するインパクトは意外と大きいはず。
原因としていくつかの仮説が考えられる。
1、都心の人間も、田舎の人間も一定割合で飲みに行くのだが、深夜までお店をやるには、ある客数のクリティカルマスを超える必要がある。人口11万の防府市は、そのクリティカルマスを超えられなかった。
2、都心の人間はなにかと忙しくて、そもそも寝る時間が遅い。なので、アフターも自然と後ろにずれる。
3、飲み好きの人間は、都心に集まるw
飲みとの関連だが、お酒が入ってくると社員さんの成果報酬に対する愚痴が多く聞こえた。そもそも日本企業が成果報酬を導入し始めたのは、バブル崩壊以降だが、そこには日本仕様にカスタマイズする努力があまり見られない。その結果、労働者の労働意欲を促進するどころか、日本独自の社内情報交換システム、人材育成システムを壊してしまった。先週厚生労働省から発行された、「平成20年版 労働経済の分析-働く人の意識と雇用管理の動向-」は、成果報酬は人件費削減に過ぎないと結論付けている。成果報酬に限らず、日本の経営システムの良い点は残していく必要があると思う。
最後にちょっと工場の話を。広大な敷地に膨大な数の工場があるわけだが、一つの工場を回るのにも20分はかかる。その一つの工場を、なんと社員1名で対応しているそうだ。業種にもよるだろうが、工場の自動化がここまで進んでいるとは思わなかった。現在人件費が全コストに占める割合は、1割程度とのこと。それでも東南アジアで工場を作ったほうが人件費の削減ができるということだから、東南アジアの破格の賃金の安さがよくわかる。