MINORITY REPORT

マイノリティ・リポート
2002年アメリカ
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演者:トム・クルーズ
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【あらすじ】
2054年、ワシントンD.C.。全ての殺人はプリコグと呼ばれる予知能力者3人により予知され、犯行前に犯人はジョン・アンダートン率いる犯罪予防局によって逮捕されるという完璧なシステムにより、犯罪は激減していた。しかしある日、プリコグの思いも寄らぬ予知により、アンダートンは逃亡者になるハメに。それは、36時間後に会ったこともない男を彼が殺害するという予知だったのだ…。
【感想】
久しぶりにSF映画を見た。ぼくが思うに、SFは未来の姿を現しているのではなく、理想的な条件の下で人間の内部世界を暴こうとしているに過ぎないと思う。要するに、哲学的なのだ。
もし完璧な犯罪予測システムを作ろうと思ったら、まず人間による過失を完全に排除する必要がある。すべての国民の動脈に劇薬入りのカプセルを注入し、中央コンピューターの指令で自動的にカプセルが溶けるようにする。もっともそのような完璧なシステムは、不完全な人間にあっていない気はするが。
あまり知られていないと思うが、この映画は世界的なコンサルティングファーム「モニターグループ」の未来予測に関する研究の協力を得て作られている。ちなみに、モニターはギリシャ語でコンサルという意味だ。

COFFEE AND CIGARETTES

コーヒー&シガレッツ
COFFEE AND CIGARETTES
2003年 アメリカ 97分
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■出演 ロベルト・ベニーニ/スティーヴ・ブシェミ/イギー・ポップ/トム・ウェイツ/ケイト・ブランシェット/ビル・マーレイ
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【あらすじ】
コーヒーを1杯、タバコを一服…疲れたココロとカラダを癒してくれるカフェを舞台にした、リラックスムービー!!
【感想】
小ネタでつなげた96分という感じである。
出所不明の男女が、いきなり銀幕に出現する。そこで同じようなラインに沿って、シュールな物語が展開されていく。コーヒーとタバコは必ず出てくる。
喫茶店にいるような雰囲気で気軽に見れるのが、この映画の良いところだ。キャストがとにかく豪華で、「役」ではなく彼ら自身を演じているところも見所である。

BROKEN FLOWERS

ブロークン・フラワーズ
2005年 アメリカ 106分
■監督・脚本 ジム・ジャームッシュ
■出演 ビル・マーレイ/ジェフリー・ライト
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【あらすじ】
恋人に愛想をつかされ再び独りになったドン・ジョンストン。ある日、ドンの元に届いた1通の差出人不明のピンクの手紙には“息子はもうすぐ19歳になります。あなたの子です。”と書かれており、親友であり隣人のウィンストンに追い立てられ、ドンは当時付き合っていた女性達を訪ねる旅に出る…。
【感想】
気だるい空気、普段の何気ない会話、ストーリーもないし、何か特別な事件も起こらない、始まりも終わりも曖昧なまま。ただ淡々と事実を並べていくだけだ。まるで、小学生の作文だ。おまけにカメラワークもフェードインとフェードアウトしかない。
作品の中で、やたらと性を強調していたが、その意図がいまいち読めなかった。
20年後、ぼくの友人たちは何をしているのだろうか。それが全く分からないのが、人生の楽しさだと思う。

The discourse of Nintendo

第13回 蔵前ベンチャー相談室セミナー
蔵前工業会・東工大共催
「ゲーム業界におけるイノベーションのジレンマからの脱却」
講演者
任天堂株式会社代表取締役社長 岩田 聡氏
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講演された内容は、ほとんど自分の知っていることばかりだった。クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を皮切りに、技術進歩について行くだけではゲーム業界では生き残れないことを、耳にたこができるぐらい説いていた。あとは、DSとWilの開発逸話などにも触れていた。
個人的に、これは19世紀の芸術界に現像写真が登場したときと似ていると思う
。いままでいかに忠実に世界を絵に反映するかに腐心していた人たちは存在意義を失ってしまった。その代わり、印象派はさらに発展し、自己主張のつよい現代芸術へと移る。もちろん写真自体も立派な芸術となった。つまり現像写真(イノベーション)は、画家の選択の幅を広げたのである。
ゲームも全く同じで、いままではゲームの内容を表現するにはスペックがネックだった。だが、いくつかのジャンル(テニスとか簡単なゲーム)ではゲームの内容はスペックに縛られないようになってきた。そこでハイスペックを追求しさらにゲームの幅を広げるか、それともいま現在のスペックでクリエイティブな内容にするか、という二つの選択肢が現れたのである。それがまさにWilとPS3なのだ。
メディアはWilの一人勝ちみたいなことを盛んに言っている。僕から言わせると、PS3はハイスペックがいけないのではなく、ハイスペックならではの新しい遊び方を提示できていないだけである。逆に、Wilのような路線はゲーム業界の参入障壁を下げる結果となり、アイデアさえあればだれでも簡単にゲームが作れるようになるだろう。それはまさにWeb2.0であり、そのときに任天堂がどういう収益モデルで戦っていくのか非常に気になる。もっとも、岩田さんは現時点でのユーザーによるゲーム作成の可能性はないといっていたが。
また、ハイスペックにも高額な開発費という問題がある。高額になるにつれ、それセグメントにいるユーザーだけでは賄えないときが絶対に来る。しかも、いまそのセグメントはどんどん細分化されているのだ。唯一の解決策は、いままでの「ゲームがイノベーションを牽引する」ではなく、「イノベーションがゲームを引っ張っていく」モデルへの移行だ。その時代の平均的な技術を使う、つまり他業界の恩恵を受けるしかないと思う。そういう観点から見ると、PS3はちょっと飛ばしすぎだと思う。

Ikiru

生きる
1952年日本
監督:黒澤明
出演者:志村喬 、日守新一
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【あらすじ】
自分が胃癌に冒されていることを知った公務員の生きざまを描いて、人間の真の生きがいを問うた作品。
【感想】
ずっと見たかった作品だったが、やっと見ることができた。
本当に良い映画だと思う。お金は全く掛けていないし、映像も痛んでいて、雑音も時折入る。しかしそれとは関係なしに僕を映画の世界に吸い込み、いろいろと考えさせる。変に観客の感動を誘わないのがとてもよい。
人間は何か生きがいがないと生きていけない訳で、目的もなしに淡々と毎日を過ごしているのは、映画の中の言葉を借りれば「ミイラ」である。とくにこの貴重な20代において。別に毎日勉強をしろといっているわけではない。自分をしっかり持って、前進を試みなければならないと思うのだ。
本来映画とはこういう物なのだろう。

The law of the jungle and a society marked by a widening disparity

最近日本が格差社会になりつつあると騒がれている。弱肉強食の時代だと週刊誌が叫んでいる。
しかし、格差社会だからといって、弱肉強食というわけではない。アフリカの草原では、インパラはいくらがんばってもライオンを捕食できない。それが弱肉強食というものだ。機会が平等に与えられていて、スキルと知識さえあればインパラに勝てる社会から生まれた格差は別に悪いことではないと思う。
もちろん、ぼくも弱肉強食から生まれた格差には反対だ。そこは政府が是正すべきだろう。もちろん機械の平等は無理に等しいが、少しでそれに近づくのが政府の役割である。それ故に、ぼくは完全なリバタリアニズムが好ましくないと考える。完全なリバタリアニズムは時間軸の上に乗せると、必ず社会の崩壊を引き起こす。とはいえ、世界に権威主義とリバタリアニズムしかなかったらぼくはリバタリアニズムを取るだろう。
全く関係ないが、今日新TOEICを受けてきた。リスニングの発音がいろいろあって最初は戸惑ったが、問題自体の難易度は下がっていると思う。文法問題は意味が分からなければ解けないような問題が多々あり、従来のセンター式ではもはや通用しない。読解に変化はないと思う。
これまた関係ないが、さっき郵便局で配達記録の郵便物をもらおうとしたら30分も待たされた。とても民営化直前の組織だとは思えない。

Round Up World Now !

今回お勧めしたいのが、「ラジオNIKKEI 伊藤洋一のRound Up World Now !
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国内外で起こった1週間の経済・社会・政治関連の 出来事、指標、トピックスなどを分かりやすく30分にまとめて解説してくれる。新聞とかネットとかでも載っている情報がほとんどだが、テンポが本当に良い。
テレビをつけると、ニュース番組をやっているのに途中で「どこどこの雪景色です」と邪魔が入る。暗い話題の後は、意味もなく明るい話題を差し込もうとする。コメンテーターは当たり障りのないことしか言わない。それに比べて、この番組は本当に無駄がない。
i podのpodcastでも聞けるので、ぜひ聞いてみてください!

Senior and Junior

先輩と後輩の差とは何か。それは生まれが早いか、遅いかだけの問題と思う。一人の人間を評価する際、いろんな判断の仕方があると思うが、生年月日だけで判断するのは非常におかしいと思う。数ヶ月だけの差でも、先輩に対して敬語で話す必要がある。もちろんそれ以外にもいろいろ気配りをしないといけないのだが。
実際のところ人間を総合的にみたとき、生まれが一年違ってもそんなに大きな差が出るわけではない。確かに、学校では先輩のほうがより高度なものを扱っているし、バイト先では先輩のほうが仕事が良くできる。しかしそんなのは表面的な現象であり、本質的なところは分からない。
先輩と呼ばれ、気を使われるのは気持ち悪いことではない。しかし、それで自分が後輩より勝っていると感じるのは非常に危険だ。人間は時間が経つにつれて自然と成長するものではない。だが、先輩は時間が経てば誰でもなれるものだ。これは肝に銘じておかなければならない。
自分が30歳になったとき、20歳の若者に対して上の議論と矛盾がないように接したい。

MRI Experiment

東京大学医科学研究所でMRIの利用した心理学実験に参加してきた。
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仰向けになって、頭を固定される。その上耳栓をさせられ、狭いトンネルの中に追いやられる。周りで変な音がずっと鳴っている。タイムマシーンに乗っている気分だ。
意外だったのが、人間の頭はそれほど左右対称ではないということだ。特に小脳の部分はかなり歪な形だったが、先生いわく正常だそうだ。
貴重な体験をさせてもらった。

An article about TAKAFUMI HORIE

Newyork Times の6日付けでホリエモンに関する記事が出ていた。
A Renegade’s Tale of His Scorn for Japan’s ‘Club of Old Men’
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この中で、ホリエモンは
「I’m being made into a bad guy through endless leaks from the prosecution to the media.」
と嘆いているが、まさにその通りだと思う。
ホリエモンは、メディアによって力を得て、メディアによって失墜した。ホリエモンがやったことは、以前にも多くの人がやってきたし、いまでももっとひどいことを平気でやっている会社もある。しかし、ホリエモンはメディアのせいで捕まってしまった。
日本のメディアは、トレーダーに似ている。取引対象(メディアが注目する対象)が急降下しないと利益にならないのである。
そういう視点から見ると、NY Times紙の記事が日本でのよくある記事と一線を画している事が良く分かる。