Road to India, Nepal and Korea Part.12

最終日は学生らしく、アカデミックにネルー大学、近代美術館と国立博物館を見に行こうとした。それが計画通りにいかないのがインドである。朝飯を食べようとうろついていたら、自称デリーの夜王の男(大学でスペイン語専攻らしい)に声をかけられ、いろいろ連れまわされた。初めてインドのインテリ女性と話せたので、結果オーライだったが、最後はやっぱりお金を要求された。
これ以上両替したくなかったので、市バスでネルー大学へ向かうことにする。この市バス、バス停に近づいても徐行になるだけ(常に徐行の気もするが)でとまらないのだ。みんな助走をつけて普通に乗っている、驚いているのは僕だけだ。こうなったらぼくもジャッキーチェンになりきってジャンプしたが、なんせ荷物を全部背負っているから、あやうく失敗しそうになった。
ネルー大学はインド有数の大学である。日本で言うと、理系寄りの京大といったところだろうか。しかしこの大学敷地が馬鹿でかい、40分歩いてやっと中心までたどり着いた。朝にチャイ(インドのお茶)しか飲んでない僕にとって、43度の中での歩行はかなりきつかった。
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最もびっくりしたのは、女の子が多いことだ。4割ぐらい入るだろう。街中とは大違いだ。しかも外の女性はみんなサリーを着ているのに、彼女たちはジーンズなどのフツウな格好をしている。彼らがインドの未来を支えていくのだろう。
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壁いっぱいに張られたポスターは、学生運動のものだ。ぼくはたまたまデリー大学とネルー大学の連合ストライキの前日に行ってしまったらしく、学内はピリピリしていて、授業はほとんどやっていなかった。日本で言うと、東大と京大がストライキするようなことだから、新聞を見ると一面で大きく記事が載っていた。学生、特に女子大生の権利の向上が目的らしい。
そのあと、最後のお金で贅沢な夕飯(1000円ぐらい)を食べ、空港へ向かう。「地球の歩き方」の載っていたバス乗り場はすべて消えていたので、リキシャで向かうことにした。インドで、確実な情報は自分の目で確かめたものだけだ。
セキュリティチェックで、洗面用具を全部没収されてしまった。僕がシャンプーでハイジャックでもするのと言うのか。
冷房の効いた待合室で、やわらかいソファーに座って飛行機を待つ。体はくたくただったが、心の奥底ではもうインドの喧騒さがちょっと恋しくなっていた。
さいごにこの旅をそれにふさわしい言葉で締めくくろう。

寒さと熱さと飢えと渇えと
風と太陽の熱と虻と蛇と
これらすべてのものにうち勝って
犀の角のようにただ独り歩め
「ブッダのことば」(スッタ・ニパータ)より

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