旅に出る

今日も仕事が終わり、スーツを着て新宿を歩いていた。南口をぶらぶらし、電気屋さんでデジカメの予備電池を買ったあと、偶然京王バスの高速バス乗り場の前まで来た。そこで急に一枚切符を買って、自分の知らないところにそのまま旅立とうという衝動が起きたのだ。自分でも信じられないぐらい強烈だった。
人間はなぜ旅をしたくなるだろう。現実逃避?それとも単なる好奇心?ぼくは人類の本能に関係すると思う。人類が誕生したころ、彼らは遊牧民だった。ひとつのところで資源がなくなれば、ほかのところに移り住む。そのうち科学技術が発展し、農業が生まれ、お金が生まれ、権力が生まれた。これを進化と呼べるかどうかは意見の分かれるところだと思うが。
人間らしさから逃れ、自然にもどる。旅にはそんな意味があるのではないだろうか。

芸術の楽しみ方

ぼくはめったに小説を読まない。二つの例外を除けばだ。一つ目はクラシックな名著である。「ジャンクリストフ」、「椿姫」、「赤と黒」と言った類だ。長い時間を経て、この世に残ったものにはその存在価値があると考えるからだ。二つ目は、村上春樹の小説だ。今日も『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉』を読み終えた。彼の独特な世界観と雰囲気はぼくを魅了する。
よく聞くのが、春樹の小説は難しいという意見だ。間違った意見ではないと思う。事実ぼくも春樹の小説は難解だと思うし、春樹から見たらぼくは5割ぐらいしか理解できていないのだと思う。しかし、ぼくはその雰囲気に浸るのが好きであり、べつに理解することを求めているわけではない。ぼくはぼく流の楽しみ方があって、ぼくがそれでいいと思うのならそれでいいのだ。専門家の意見、書評家の意見などどうでもいいのである。自分の感性を大事にすることが大切だと思う。
これは小説が芸術の一形態だから言えることであって、自然科学や社会科学には当てはまらない。一方絵、音楽、映画などの芸術には当てはまると思う。
芸術は理屈ぬきに楽しむものであり、自分をさらけ出すだけでよいのだ。

Intel MacでWin XP!!

最近パソコン販売の店舗が変わり、家からかなり遠くなってしまった。しかし、思ってもいなかったおまけがついていた。なんと今度のお店にはMacコーナーがあるのだ、しかもAPPLEから販売員は来ていない。なのでぼくはHITA○HIの販売員にもかかわらず、マックのすばらしさをお客様に宣伝しまくった。
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これが話題のWINDOWSが起動するMACである。実際使ってみるとかなり使いやすい。違和感はほとんどないし、むしろWINDOWSの一般機より安定性が高い気がする。各種ベンチマークを動かしてみると、かなりのハイスコアをはじき出してくれた。
だがぼくの懸命な努力にもかかわらず。、MACは一台も売れなかった。やはり、いままでのWINユーザーはMACへの乗り換えに抵抗があるみたいだ。どうやったらその抵抗感がなくせるのだろうか。ぼくが思うに、太っ腹のアップル社は全国の小学校の一クラスに一台MACを無償で配るべきなのだ。そうすると10年後には、膨大なMAC予備軍が準備できているだろう。
今MACのさまざまな利点(ウイルスがない、安全性が高いなど)は、ユーザーの数が少ないことで成り立っているので、あまりシェアが伸びてほしくないという気持ちもありますけどね。